小田の橋 岡本町と尾上町の境、勢田川上流に架かる橋。その下流には簣子(すのこ)橋、次が錦水橋。 昔は勢田川は、御贄(おんべ)川とも呼ばれており、御贄(おんべ)橋と称した時代もあったそうです。
 この橋の特徴は側橋がついていたことで月経中の女性などはこの側橋を通ったとのこと。
1641年(寛永18年)には江戸幕府大奥に絶大な勢力を振るった春日局が青銅の擬宝珠を
寄進したと言うほど有名な橋だったようです。


◆現在は面影を残すところは少なく、
当時の場所を示す碑が立つだけです。
小田橋から少し
・・・尾部坂界隈

妙見堂

 

「お杉とお玉」小屋跡の碑

 

◆ほんの少しですが、その面影を残す現在の古市旧参宮街道の町並み。
一番しんどい坂道を登りきったあたり「両口屋」跡


油屋跡。

長嶺神社

主祭神天鈿女命は、天岩戸の前で舞をまったとされる女神で、伊勢音頭の遊女や古市歌舞伎の役者の祖神としてまつられてきました

寂照寺

延宝五年(1677)、寂照知鑑によって、豊臣秀頼の室・千姫の菩提を弔うために創建されました。後の住職(安永三年1774)月僊は江戸時代の画僧でその豊かな画才で寺の再建に尽力を尽くしました。
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